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きっかけ:そのⅡ

きっかけ:そのⅡ

パーマリンク 2006/09/18 22:31:34 著者: dolce-vita メール
カテゴリ: 日記, ピアノ
さて、中学では3人の先生の存在が私の背中を押すことになります。 一人目は音楽担当の先生(男性)。 文化祭、合唱部の伴奏を依頼されました。 朝飯前程度の曲でしたので引き受けました。 それと・・・「ボク一人でイタリア語でいくつか歌うからそれの伴奏もお願い」 リハーサルを始めてみるとその先生はこんな学校(不良ばっかり(当時))にいることが不思議なくらいの歌唱力でした。 その迫力に負けないように猛烈に練習しました。 当日、先生と二人、舞台で演奏が始まるとガヤガヤうるさかった体育館が静かになっていきました。 演奏後、しばらく”し~ん”としてからオ~!とか拍手などでいっぱいになりました。 その先生は次の年、イタリアへ行くため、学校を去りました。 現在、テノール歌手として活躍している江端先生です。 舞台を降りたとき、担任の先生が「君がこんなに弾けるとは知らなかった。音に生きるのかね」と声をかけられました。 美術担当で担任でしたが、人間観察が好きで(先生、失礼!)何を考えているのかわかりにくい私に時々不思議な質問をしていました。 今思えば、複雑な家庭の問題を心配して下さっていたのでしょう。 教員の前から絵を描き続けてきたその先生も上京し、日本画家として現在もご活躍中です。 時折、日展などに絵を拝見しに行ったりほんの少しの時間お話したり今でも交流のある先生です。 母より進学は商業科か公立へ行き、早く働くように言われていましたのでもうこれで終わりだと自分に言い聞かせていました。 音高の話も頼んで見ましたが音高自体知らないようであきらめていました。 最後の担任の先生は寡黙な方でした。 私的なことはほとんど話した記憶はありませんでした。 進路を最終段階で「受験する公立高校は問題ないけれどいいのか?」ときかれました。 何をおっしゃっているのか理解できませんでした。問題なければいいじゃない。と 去年の文化祭などを知っている他の先生方と何とか音楽ができる方法を考えてくださっていたようです。 吹奏楽だけど年中演奏やボランティアなどで活動している私立高校でした。 進路決定の面接の日。 寡黙な先生は猛烈に母を説得しました。 私もびっくり&感動したので家に帰って母に土下座して頼みました。 結果は超しぶしぶOK~!&条件付。 あと3年、音楽が続けられることになりました。ピアノは自分で。 どんな形でもいい!やった~~~!!!! さて、3人の先生に自分の人生を切り開く方法を身をもって教わり、私の扉は開けました。 今度は自分の足で歩みはじめる最初の一歩です。 To be continued

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小5娘と愛知県に住んでいます。 未婚シングルワーキングママですが、ボケの私としっかりものの娘の毎日を明るく楽しく記録しています。 現在は子供の教育やピアノに燃えています! 特技は何でも楽しめること。 最近は娘の体力に負けつつ、将来を語るのが楽しい日々です。

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